車いす陸上のタチアナ・マクファーデン選手の経歴がすごすぎる

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車いすランナーとして、
100メートルからマラソンまで幅広い種目で活躍する
アメリカのタチアナ・マクファーデン選手。

東京パラリンピックでもメダルの超有力候補ですが、
アメリカの選手ということもあって
日本ではあまり馴染みがないかも…

でも、調べてみたら本当にすごい方だったんです。
そんなタチアナ・マクファーデン選手の経歴を紹介します。

タチアナ・マクファーデン選手のおもな大会成績

15歳で出場した2004年のアテネパラリンピック大会以降、
夏季・冬季あわせて17個のメダルを獲得!

夏季パラリンピックは2004アテネ大会以降、4大会連続出場!

これだけでも十分すごいですが、
タチアナ・マクファーデン選手の記録を
下にだだだーっと紹介しますね。

  • 銀メダル 100メートル (2004年 アテネ五輪)
  • 銅メダル 200メートル (2004年 アテネ五輪)
  • 金メダル 400メートル (2012年 ロンドン五輪)
  • 金メダル 800メートル (2012年 ロンドン五輪)
  • 金メダル 1500メートル (2012年 ロンドン五輪)
  • 金メダル 100メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • 金メダル 200メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • 金メダル 400メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • 金メダル 800メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • 金メダル 1500メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • 金メダル 5000メートル (2013年 リヨン世界選手権)
  • ※女子選手史上初の6冠

  • 銀メダル クロスカントリー1kmスプリント   (2014年 ソチ五輪)
  • 5位    クロスカントリースキー12km(座位) (2014年 ソチ五輪)
  • 金メダル 400メートル (2016年 リオデジャネイロ五輪)
  • 金メダル 800メートル (2016年 リオデジャネイロ五輪)
  • 金メダル 1500メートル (2016年 リオデジャネイロ五輪)
  • 金メダル 5000メートル (2016年 リオデジャネイロ五輪)
  • 銀メダル 100メートル (2016年 リオデジャネイロ五輪)
  • 金メダル 200メートル (2017年 ロンドン世界選手権)
  • 金メダル 1500メートル (2017年 ロンドン世界選手権)
  • 2013年~2015年 4大マラソン大会 年間グランドスラム
  • ボストン、ロンドン、シカゴ、ニューヨークシティの
    4大マラソン大会を1年間で全制覇する「年間グランドスラム」を
    3年連続で達成。
    ※年間グランドスラムは車いすランナーとして初の快挙

    などなど。
    書ききれないくらいあります。

    これがたった一人の競技成績だなんて…
    すごすぎます。

    ちなみに、
    4大マラソン大会の年間グランドスラムは3年連続と書きましたが、
    現在のところ全部で4度達成されているとのことでした。

    タチアナ・マクファーデン選手の経歴や家族のこと

    タチアナ・マクファーデンさんは
    1989年4月21日にロシアのサンクトペテルブルクで生まれました。
    (当時はソビエト連邦のレニングラード)

    二分脊椎症という病による先天性の下半身不随で、
    「長くは生きられない」という医師の診断もあり、
    生まれてすぐ孤児院へと預けられたそうです。

    ですが、孤児院での生活も十分なものではなく、
    適切な治療を受けることもできなかったといいます。
    孤児院には車椅子もなかったため、
    移動は逆立ちなど手を使うしかなかったそうです。

    そんな生活に転機が訪れたのは6歳の時でした。
    アメリカの政府職員として孤児院を視察した
    デボラ・マクファデンさんと出会い、
    アメリカで養子として迎えられることとなります。

    アメリカでは生活が一変。
    車いすを与えられ、初めて学校にも通うことができました。

    さらにもう一つの出会いがあります。
    マクファーデンさんはすでに何度も手術を受けており、
    医師に体力をつける必要があると言われたことから、
    体力作りとしてスポーツをはじめました。

    水泳や車いすバスケットボール、
    アイススレッジホッケーなどさまざまなスポーツに挑戦。

    なかでも「出会った瞬間魅せられた」という
    陸上競技にハマったそうです。

    スピード感に夢中になったという車いす陸上。

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    13歳だった2002年には、米国ジュニア選手権で
    年代別の世界記録を更新して優勝。

    ここから怒涛の活躍がはじまります。

    若干14歳でパラリンピックの出場権を勝ち取ると、
    15歳で出場したアテネパラリンピックの
    100メートルで銀メダル、200メートルで銅メダルを獲得。

    マクファーデンさんはこの時のことを
    「社会の一員として認められたような感じがした。
    人生に大きな希望や目標が持てるようになった。」
    と語っています。

    そして、上でも紹介した
    素晴らしい成績を収めることになるのですが、
    2009年頃からは短距離~中距離だけでなく
    マラソンへの挑戦もはじめました。

    そのマラソンでも2013年には金メダルを取っちゃうという
    偉業を成し遂げています。

    が、マクファーデンさんの挑戦は止まりません。

    「実母と養母、2人の母にレースに挑む姿を見て欲しい」と
    2014年ソチ五輪の出場を目指して
    クロスカントリースキーへの挑戦も始めたのです。

    そして迎えたソチ五輪では、
    育ての母親デボラ・マクファデンさんとともに、
    生みの母親であるニナ・ポレビコワさんも会場に招くことができました。
    実に23年ぶりの再会でした。

    マクファーデンさんは競技を終えた後、
    車いすを囲む両方の家族と輪になってハグやキスを交わし
    感動を分かち合ったそうです。

    マクファーデンさんは実母のポレビコワさんのことを、
    「産んでくれた時と、私のために養子縁組の書類にサインをしてくれた時の
    2度も命を授けてくれた」
    と語っています。

    競技において素晴らしいだけでなく、
    感謝の気持ちや愛情にもあふれた方という印象です。
    素晴らしすぎます。

    タチアナ・マクファーデン選手はスポーツ以外でもすごかった

    スポーツ選手として順風満帆にも見えるマクファーデンさんですが、
    大きな苦労もされてきました。

    車いすユーザーに対する差別のことです。

    マクファーデン選手は、入学した高校の陸上部で
    健常者の生徒に交じって競技することを禁じられてしまいます。
    車いすの走行は他の生徒にとって危険だという理由でした。

    マクファーデンさんは車いすの部として
    一人で走るように指示されたそうです。

    「21世紀にもなってまだこんな差別が残っているなんて衝撃だった。
    自分より若い世代のためにも、
    このような偏見を解消しなければならないと思った」
    と、マクファーデンさんは語っています。

    2005年、マクファーデンさんは家族とともに、
    アメリカメリーランド州ハワード郡の公立校制度に対して、
    障害のある生徒の学校対抗戦への出場など
    「機会均等」を求める訴訟を起こしました。

    障害を持つ生徒らが
    健常者と同じ大会に出場できるように訴えたのです。

    見事これに勝訴した後も
    マクファーデンさんはさまざまな運動を続けます。

    その結果、2008年にはメリーランド州にて
    「タチアナ法」とも呼ばれる法律が誕生、
    機会均等を勝ちとりました。

    そして、この「タチアナ法」がきっかけとなり、
    後にアメリカ各地で同様の法律づくりが行われました。

    マクファーデンさんの精力的な活動が
    米国中の法制度までも動かしたのです。

    マクファーデンさんはこの後も世界中を飛び回り、
    選手生活と並行して、障害者教育にも力を入れています。

    日本でも活動は行われていて、
    2019年11月には東京都世田谷区で開かれた交流会で
    子どもたちに競技の魅力を語ってくださいました。

    マクファーデンさんはこう語っています。
    「持っている力を最大限に生かせば、
    できないことなんてないと思う。
    だから、自分が強く希望すれば何にだってなれる」

    まとめ

    マクファーデン選手は、
    ロシア語で「私にはできる」の意味を持つ

    Ya Sama(ヤ・サマ)

    の言葉を胸に日々活躍されています。

    来たる東京パラリンピックでは、
    マクファーデン選手がカテゴライズされる
    女子T54クラスの全7種目すべでで3位入賞、
    さらには7冠となるすべての金メダルを目指しているとのこと。

    応援したい選手が一人増えましたね!

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